Codex · No. 1

『デリバティブ・クリアリングのすべて』M∀NUS Press 改訂版の表紙。クリーム地に和題三行組と、多対多の網が一点を通って結ばれる線画

『デリバティブ・クリアリングのすべて』

The architecture of derivatives clearing, set down whole — by a practitioner of twenty years.

金融市場には、見えない背骨がある。取引が成立したあと、その約束を確実に決済へ運ぶ仕組み——清算(クリアリング)だ。平時はほとんど意識されないが、市場が荒れたとき、これが効いているかどうかで世界の安定が変わる。

本書は、その清算という仕組みを、一人の実務家が二十年の現場から、概念・制度・リスク管理の構造として一冊に編んだものである。断片的な解説ではなく、点が線になり、線が立体になる「航海図」として残すことを目指した。M∀NUS Codex の創刊号。

クリアリングの重要性が劇的に高まったのは、2008年の世界金融危機だった。規制当局の監督外で膨張した店頭デリバティブ市場のシステミックリスクが、白日の下に晒された。その反省から G20 合意にもとづく市場改革が進む。核心は二つ——標準化された店頭取引を CCP による清算に集中させること、そして清算されない取引に厳格な証拠金規制を課すこと。

この改革によって、クリアリングはデリバティブ・エコシステムのまさに中心に置かれた。CCP のリスク管理手法は高度化し、クライアント・クリアリングの仕組みは多様化・複雑化し、規制は次々と導入・改訂され、テクノロジーの活用も飛躍的に進んだ。この十〜十五年で最もダイナミックな変化を遂げた領域の一つである。

本書は、その世界を基本概念から最新の動向、将来の展望まで、体系的に、そして実践的に解説する。クリアリングに馴染みの薄い方には入口として、すでに実務や研究に携わる方には知識の整理と新しい視点として。

Available now

M∀NUS Press 改訂版(第1.2版)

2026年8月改訂。A5判・432頁。紙版・Kindle 版とも Amazon でお求めいただけます。

読者の羅針盤

通読を前提にしない本である。巻頭にこの表がある。

読者層主な関心事おすすめの章
金融機関の実務家(オペレーション・IT 担当)日々の業務フロー、システム要件第1・3・6章、関連コラム
金融機関の実務家(リスク管理・コンプライアンス担当)リスクモデル、規制動向、デフォルト管理第2・4・5章、関連コラム
バイサイド(資産運用会社、ファンド等)コスト効率、ブローカー選定、資産保護第3・6・7章、関連コラム
学生・研究者全体像の体系的理解、歴史的背景第1・2章から順に通読、歴史関連コラム

Contents · 章ごとの解説

  1. 序章デリバティブという広大な世界へ――クリアリングへの羅針盤

    リーマン危機を境に、清算は市場の裏方から中心のインフラへ押し出された。700兆ドルを超えるデリバティブ市場の見取り図を置き、本書がどこから語り始めるかを示す。巻頭には読者の羅針盤――実務家、リスク管理、バイサイド、研究者が、それぞれどの章をどの順で読めばよいかの対応表がある。通読を前提にしない本である。

  2. 第1章クリアリングの基礎

    取引の約束を誰が守るのか、から始める。CCP による債務引受、ネッティング、そして約束を信じられるものにする証拠金。CCP・クリアリングブローカー・クライアントの三者を分け、それぞれが何を負っているかを整理する。市場規模と歴史はコラム6本で――堂島米会所からリーマンと G20 まで。仕組みの意味は、それが何の後に作られたかを知って初めて分かる。

  3. 第2章クリアリング対象商品の基本解説

    何が清算されるのかを商品ごとに見る。上場の先物・オプション、金利スワップ、CDS が、清算に入った途端どう違う顔を見せるか。証拠金モデルは独立した主題として扱う――SPAN、VaR 系モデル、そして商品ごとに必要な緩衝の厚みを決める MPOR。章末は市場のプレイヤー像。周縁から中心へ移った NBFI を含む。

  4. 第3章クリアリング・プロセスの実践 —— 取引成立から決済まで

    取引が成立してから決済に至るまでを、起きる順に追う。約定から CCP への登録、そして実務家が本当に気にする清算確実性――この取引は受け付けられるのか、受け付けられなかったら何が起きるのか。続いて日次の循環。ポジション管理、ネッティング、証拠金の授受、担保、コンプレッション。コラムは Nasdaq Clearing の破綻(2018年)とリーマン危機の CCP。

  5. 第4章クリアリングの法規制と地域別の特徴

    なぜこの規制になったのかを、2008年の危機と G20 合意の4つの柱から説く。国際標準としての PFMI と、それを維持する国際機関。そして実務家が日々ぶつかる分岐――米国の CFTC と SEC、Brexit 後の欧州、日本の金融商品取引法。一つの取引が三つの法域に触れるときのクロスボーダーの論点まで。コラム5本。

  6. 第5章クリアリングのリスク管理

    最も長く、本書の中心にある章。ストレステストとシナリオ設計、CCP が平時に回すファイアドリルとデフォルト・オークション、JSCC の破綻処理の枠組み。デフォルト・ウォーターフォールを層ごとに解体し、Skin in the Game は決着していない議論として扱う。コラムはクリアリングブローカーの破綻と顧客資産保護、アクセスとポータビリティ、そして安全資産は本当に安全かを英 LDI 危機から。

  7. 第6章クライアント・クリアリングのオンボーディングとドキュメンテーション

    クライアントを清算に迎えるまでに実際に何が要るか。手順、収集する情報、与信とリスク評価、承認、システム設定。顧客タイプごとに振る舞いが違うので分けて扱う。そして契約――清算契約が何を割り当てるのか、ブローカーが破綻したとき顧客に何が返るのかを決める分別管理モデル。コラムはバイサイドの損得勘定、LME ニッケルショック、法的意見書。

  8. 第7章クライアント・クリアリングの未来展望

    これを運用することになる人の座席から、この事業がどこへ向かうかを見る。クロスプロダクト・マージンとポートフォリオ最適化、店頭取引の先物化、ダイレクト・クリアリングがブローカーの役割に何をするか。そして自動化・DLT・データと AI が post-trade で実際に変えているもの――変えると言われているものではなく。

The Columns · コラム

技術的な章の傍らに、コラムが25本走る。仕組みの意味は、それが何の後に作られたかを知って初めて分かる。

  1. A18世紀の堂島米会所における取引と清算の仕組み1
  2. B金融帝国の心臓部:19世紀ロンドン証券取引所と清算機能の黎明1
  3. C先物市場のパイオニア:CME とクリアリング革新の軌跡1
  4. D日本の資本市場を支える中核インフラ:JSCC の進化と挑戦1
  5. E歴史は繰り返す? デリバティブ損失事件の教訓とクリアリングの進化1
  6. Fリーマンの衝撃と G20 合意:OTC デリバティブ清算 変革への道筋1
  7. H天文学的数字の世界:デリバティブ市場の規模とその実像2
  8. I"影の銀行"から主役へ? NBFI の台頭とデリバティブ市場への影響2
  9. J世界の舞台:デリバティブ取引所と CCP の勢力図と未来2
  10. KNasdaq Clearing デフォルト事例とその教訓(2018年)3
  11. Lリーマン危機における"防波堤":CCP の役割と OTC 改革への道3
  12. M国境を越えるルール:日本の金利スワップ清算導入とクロスボーダー4
  13. N清算を選ぶ理由:OTC クリアリングのインセンティブ構造4
  14. OPFMI(金融市場インフラのための原則)とは何か?4
  15. P米国における監督体制:CFTC と SEC の役割分担4
  16. Q欧州における規制当局の役割と Brexit 後の課題4
  17. Rクリアリングブローカーのデフォルト:顧客資産保護の進化と教訓5
  18. SCCP はどれだけ身銭を切るべきか? Skin in the Game(SIG)の哲学と現実5
  19. TCCP は破綻するのか?5
  20. Uクリアリングへの扉:アクセスとポータビリティを巡る国際的議論5
  21. V安全資産は本当に安全か? HQLA 規制、プロシクリカリティ、そして UK LDI 危機の教訓5
  22. Wクリアリング導入の損得勘定:バイサイドの意思決定6
  23. XLME ニッケルショック――流動性と集中リスクが招いた危機とクリアリングへの警鐘6
  24. Y契約は国境を越えるか? OTC デリバティブと法的意見書の重要性6
  25. Zデータと AI が変える金融プラットフォームの未来7

About the Author · 著者について

柳沢 俊(やなぎさわ しゅん)。シティグループ証券株式会社 市場営業本部 先物・OTC クリアリング・FX プライム部長、ディレクター。シティと J.P. モルガンで二十年余り、日本の上場・OTC デリバティブ市場のフロントオフィス営業と顧客カバレッジを率い、清算を売る側と回す側の両方から見てきた。FIA ジャパン 理事・バイスプレジデント・オペレーション委員会 委員長、日本証券クリアリング機構 金利スワップ運営委員会 委員、Asia Risk 諮問委員会 メンバー。

最初の十年は取引の執行、電子取引、アルゴリズム取引を中心に。リーマンショック以降は、クリアリング・インフラストラクチャーとその進化の最前線に携わってきた。その経験を通じて痛感したのは、クリアリングが単なる取引後の事務処理ではなく、高度なリスク管理、複雑な規制への対応、最先端テクノロジーの活用が求められる、極めて専門的かつ戦略的な分野であるということ。日本では依然として「クリアリング=オペレーション業務の一部」として捉えられる傾向があり、その戦略的重要性も、知的な面白さも、キャリアとしての魅力も、十分に認識されていないのではないか。本書はその問題意識から書かれている。

本書に記載された見解は著者個人のものであり、著者の所属組織、取引所、清算機関、規制当局、業界団体等の公式見解を示すものではありません。

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